解説 『拾ったものこそ大切だ』 石井 信之
毎日、人参工場で働いている。朝7時から夜8時まで。それから息白くして薪など切って冬支度。
食事して風呂へ2日に1ぺん入り弁当箱を洗って寝てしまえば、また工場へ向かう朝だ。
こんな生活を続けていると、何も考えなくなるのが僕の悪いクセ。そんな折に届く君の詩集は僕に喝を入れてくれた。
君の19歳、君の23歳、君の25歳が僕の胸に共鳴してくる。ありがとう、とまずは言いたい。君の詩集をありがとう。
僕はまた少しがんばることが出来ます、と。
「捨てるものが大切だ」の21篇は、君と話した君の生活の切れ端切れ端をひとつひとつ思い出させ、つないでくれる。
君と会ったのは高校1年の春で、それから同じフォークソング同好会とやらに籍を置いていたのだけれど、卒業してからは
僕はサラリーマンとなって日々決まりきった生活を送り、君はしばらく1人暮らしをしてから大阪の大学へゆき、
東京へ戻ってきて定職についた。その途端、僕は今までの仕事を辞め、ここ北海道・富良野へと来て、いつもすれ違いの8年だった。
それでもたまに会って、君がめぐらす思いをぽつりぽつりと聞けば、ああこいつはいつでも何かと闘っているンだなとその度に僕は恐れ入ってしまっていた。
この詩集の中にもそんな闘いが決して思い出ではなく、たくさん記されている。中でも僕が好きなのは「夏の中心」、
「走り出したら止まらない」、「梅雨を待つ頃」、「鬼高で断想する訣別の唄」、「恐恐謹言」の後半5篇。
「うなされるように生きていたい/誰かに傷つけられていたい/誰かを傷つけていたい」(夏の中心)、「死ぬための一生だ」(走り出したら・・・)、
「さよならとみんないうので/こんちはといってやる」(梅雨を待つ頃)、「サンダルだけが友だちですか」(鬼高で・・・)、
「忘却こそが真実だ/そうすりゃきっと/はいつか/はやがて/はたぶん無理でしょう」(恐恐謹言)などなどのフレーズは、他人がどう言おうと僕の心をふるわすのだった。
君の詩はアイロニーに満ち満ちていて、君を知らない人が読んだら、きっと君を偏屈者に思うに違いない。
でも、難解な現代詩でもなく、青臭いポエムでもなく、どこか照れて、斜に構えつつ真剣でいて、君の人柄そのままに、根底でやさしいこれらの詩が僕は大好きなのだ。
いくつかの詩の中に出てくる君の「夏」はきっと君の思い深き日々のことであり、この詩集の中でも大きなテーマになっているのではないかと
お節介にも思うわけなので、「捨てるものを大切にしろ」と言う今の君は、おそらく君自身の「夏」をどこかに捨てていってしまったんだろうなと感じてしまうのだった。
僕はこの詩集からその「夏」を拾ってみたい。拾ったものも大切だ。
君の「夏」に乾杯。君の「夏」に幸あれ。僕はこれから冬を迎えます。手が荒れてヒビ割れています。「戦争は一生つづくんだぜ」。
59・10・10 はるか富良野から
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