北へ
           ――石井信之に




1. 出発

ベルが鳴り終わる前に
扉は閉まって出発する
柱に貼りついた駅名を何本も
何十本も追いぬかして
列車は予定を決定しようとしている
僕の時計は3年間狂ったままだが
列車の時間は信頼できる
富良野まで31時間
風景を掴もうとして
窓際に僕はすわる
列車の中で
本読む奴の気が知れないね
次から次へと襲ってくる
風景は素晴らしい舞台なのに
だから夜は飽食であり
眠るしかないけれど


2. 車内雑録

娘よ娘20歳の娘
がらがらの座席にじっと立ちつくす娘よ
あなたの心の席にきっと誰かが座っています
少女よ少女黄帽子の少女
ランドセルに雪が二つ三つの息白く頬紅い少女よ
あなたの頬は頬でなくホッペタと呼ばなければ
老爺よ老爺スポーツ新聞の老爺
絶え間ない煙草の煙に眉まで白髪となった老爺よ
あなたは癌よりも禁煙令を怖れています
悪たれよ悪たれ太郎という名の悪たれ
列車中を駆けずり回り雪合戦をする悪たれよ
きみたちの先生は大志を抱けといってるかい
老婆よ老婆モンペの老婆
年は取るのでなく取られるのだとようやくにして気づいた老婆よ
あなたは取り返す決意をします

大いびきの中年に
あきれかえったおばさんは
急停車にひっくりかえる
サラリーマンは家に帰る
青年は都会をめざす
女高生は今や小鳥のようにではなく
彼は誰時の鶏のようにけたたましいの何の‥‥
本を読む女の人のまぶたが引力で重くなって
閉じて閉じて閉じて‥‥でも
ページは開かれたまま
それにしても随分揺れる
暮れ果てて世間は群青の迷宮である
この広い日本と短い一日の中で
同じ空間と時間を共有する
二度と会うことはない私達の
偶然の列車は
定刻通りに時刻表の頁の上を転がりつづけている


3. 中島みゆき

ウォークマンで
中島みゆきを聞くために
北海道へやってきた


4. 富良野

あわてることはないぞ石井信之
人生は二度だって百度だってやりなおしはきくものだ
耳澄ませば
音速で駆けぬける暴走族の爆音よりも
それははっきりきこえるだろう
君だけの人生ではなく
なおも
君だけの人生
窓の外
ゆっくり景色でも眺めながら


5. たまには休息が必要だ

彼岸過ぎなのに
青天白日の土曜日なのに
すべてのものが春の方向へ棚引いているのに
雪は全世界を覆いつくして
泰然としている
その頑なな冬の姿勢に
どんなに君が固執しても
いずれは春が勝つことになっている
これは宿命なんだと老婆心で教えるが
雪は激しい沈黙のまま

雪の白がこんなにまぶしいなんて
雪の沈黙がこんなにうるさいなんて

あれあんなところに車がはまってらァ
どうせどこが道だかわからないし
運転手は出稼ぎかな
川も流れをやめて雪の下で静かに眠り
裸木は花のかわりに雪咲かせ
山では墓石がかろうじて顔出して息している
この国の王様である烏の黒の染みよ
氷柱の先からは規則正しい滴
たまには休息が必要だ


6. 名寄本線

突っ立っていると
氷柱になるから
いつまでもあると思う
この一面の雪野をすぽすぽ歩いていた
ああ俺の前に足跡はなく
俺の後に足跡ができる
そんなことが嬉しくて
俺はここまでやってきたのだ
興部、沙留、紋別と
鈍行の俺の
傷心ではない小心の時刻表の旅も
どうやら折り返し点にきたようだ


7. 帰去来

旅の帰りにいつも思う
疲れるための旅だったと
日頃僕らは疲れなさすぎる

帰ろう
いつまでもここにいたいけど
僕らは時間がないしお金もない
帰ろう
いつまでもというのは嘘さ
いつかは必ずあきてしまうものだし
だから旅にでるんだし

それにしてもとても疲れた
それに思っていたこととはちがうこともあったのさ
でも現実はいつも期待を裏切るものだし
せっかくきたんだもの
みんなにはとってもよいところだったといっておくよ

そんなんだ行ったことのあるやつはいつも
行ったことのないやつに
あそこはよかったあそこはよかった
まるで正義は勝つというように

でもそういうことによって
本当によかったんだって自分でも思えてきて
少々得をした気分になるのさ
また行こうかなんてね
疲れるための旅だったのに
疲れたことをわすれ
歴史はくりかえすものなのさ
後悔のように



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